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子どもの成長を祝って神社にお参りする行事が七五三です。2026年(令和8年)の11月15日は日曜日にあたります。
何年生まれの子が対象になるのか、いつお参りすればよいのか、髪置や千歳飴の由来、初穂料の目安まで、神社の公式情報や国立国会図書館の資料をもとにまとめます。2026年10月時点の情報です。
七五三2026はいつ?
七五三の日は11月15日とされていますが、実際にはその前後の都合のよい日にお参りする家族が多くなっています。2026年の日取りと、神社ごとの受付期間を見ていきましょう。
11月15日は日曜日
七五三の正式な日は11月15日です。東京都神社庁の神社の豆知識では、現在は11月15日に神社へ参拝し、子どもの成長と健康を神様に感謝して、さらなるご加護を祈る儀礼になったと説明されています。
2026年の11月15日は日曜日です。土日と重なる年は、家族そろって当日にお参りしやすい反面、神社も写真館も混み合いやすくなります。11月の週末は、7日と8日、14日と15日、21日から23日の三連休、28日と29日です。祝日の11月3日(火)文化の日や、23日(月)勤労感謝の日も候補になります。平日に休みを取れるなら、混雑を避けやすい日を選ぶのも一つの方法でしょう。
11月15日(日)− 7日 = 11月8日(日)
11月15日(日)+ 7日 = 11月22日(日)
なぜ11月15日なのかについては、次の章でくわしく紹介しますが、江戸幕府の5代将軍、徳川綱吉の子の祝いにちなむといわれています。
ただ、11月15日にこだわる必要はありません。東京都神社庁の説明では、参拝の日取りも11月15日にこだわらず、その前後の都合の良い日に参拝する傾向が強くなってきているそうです。東京・四谷の須賀神社の案内でも、10月中旬から1月下旬ごろまで七五三詣でにぎわうとされています。
10月23日には、数え年でやらなかったので今年は満年齢で七五三をすることにして、ようやく写真館の予約をしたという投稿があります。お参りの日と写真の日を別にする家族も多く、11月15日の前後に予定を組み立てていく流れが一般的になりつつあるようです。
10月24日にも、七五三の予約が終わり、前撮りとレンタルを別の日にして、着物とドレスも決まってひと安心という投稿があります。写真を先に撮っておけば、お参りの日は子どもの負担を軽くできます。その分、日取りは「前撮りの日」「お参りの日」の2つを決めることになるため、早めに家族の予定を合わせておくことが大切です。
日取りを決めるときは、子どもの体調や機嫌、天気、着付けや写真館の予約の取りやすさも考えておきたいところです。秋の行楽シーズンとも重なるので、遠くの神社へ出かけるなら交通の混雑も頭に入れておきましょう。
10月から12月まで受ける神社
七五三のご祈祷を受けられる期間は、神社によってちがいます。主な神社の案内をまとめると、次のようになります。
- 橿原神宮(奈良県):令和8年10月1日(木)から12月の第1日曜日までです。期間外も受付可
- 須賀神社(東京都新宿区):年間を通して受付、予約制
- 神田明神(東京都千代田区):11月中、随時受付で予約は受けていない
- 明治神宮(東京都渋谷区):個人は予約不要の当日受付
橿原神宮の七五三の案内によると、受付は午前9時から午後4時までの当日受付で、予約制ではありません。期間外でも受け付けていますが、場所や撤下品、記念品などが異なる場合があるそうです。待ち時間の目安は約30分で、約800台の駐車場があり、ご祈祷を受ける人は無料です。
受付場所は時期によって変わり、10月と12月、11月の平日は南神門内の参集所、11月の土日祝日は外拝殿になります。11月の土日祝日には、神武天皇の道案内として天から遣わされた八咫烏にちなむ、やたちゃんとカーコちゃんも登場するそうです。
須賀神社は、年間を通して一家族ずつ七五三のご祈祷・ご祈願を受けています。11月にこだわらず、子どもの誕生日のころや、気候のよい春にお参りするという選び方もできるわけです。
神田明神の七五三詣の案内では、受付時間は午前9時から午後4時で、予約は受けていません。土日は結婚式と時間が重なる場合があるので、時間に余裕をもって参拝するよう呼びかけています。受付場所は、神田明神の境内にある昇殿参拝受付です。
明治神宮のご祈願の案内によると、個人のご祈願は神楽殿で受け付けていて、受付時間は午前9時から午後4時20分までです。ただし、七五三詣の時期は受付場所が異なる場合があり、11月と12月は閉門時間にも注意するよう書かれています。
予約がいる神社と、当日受付だけの神社があるので、行きたい神社が決まったら、まず公式サイトで受付方法を見ておきましょう。どの神社も受付は午後4時前後で締め切られるため、午後に出かけるなら時間に余裕をもつことも大切です。とくに11月の土日は、当日受付の神社でも待ち時間が長くなりやすいため、午前中の早い時間に着くようにすると安心です。
2026年は何年生まれ?
七五三の対象になる年齢には、数え年と満年齢の2つの考え方があります。2026年に七五三を迎える子の生まれ年と、どちらで祝うかの考え方をまとめます。
数え年と満年齢の早見表
七五三は、男の子は3歳と5歳、女の子は3歳と7歳でお祝いするのが一般的とされます。橿原神宮が公開している令和8年(2026年)の年齢早見表では、生まれ年の目安は次のとおりです。
- 3歳(男の子・女の子):数え年なら令和6年(2024年)生まれ、満年齢なら令和5年(2023年)生まれ
- 5歳(男の子):数え年なら令和4年(2022年)生まれ、満年齢なら令和3年(2021年)生まれ
- 7歳(女の子):数え年なら令和2年(2020年)生まれ、満年齢なら平成31年・令和元年(2019年)生まれ
数え年は、生まれた年を1歳とし、お正月を迎えるたびに1歳ずつ年をとる数え方です。いっぽう満年齢は、生まれたときを0歳として、誕生日がくるたびに1歳ずつ年をとります。式にすると、次のようになります。
数え年 = 2026 − 生まれた年 + 1
満年齢 = 2026 − 生まれた年(誕生日を過ぎていれば)
たとえば2024年生まれの子は、2026年には数え年で3歳です。誕生日によっては満年齢でまだ1歳ということもあり、数え年の七五三はとても小さいうちにお祝いすることになります。
2026年に満年齢で3歳になるのは2023年生まれの子で、11月15日までに誕生日を迎えていれば、当日は3歳です。12月生まれの子などは、11月の時点ではまだ2歳ということもあります。
来年のために、2027年(令和9年)の目安も計算しておきましょう。数え年なら3歳は2025年、5歳は2023年、7歳は2021年生まれです。満年齢なら3歳は2024年、5歳は2022年、7歳は2020年生まれになります。
2027 − 2025 + 1 = 3(数え年)
2027 − 2024 = 3(満年齢)
同じ年の早見表は、ほかの神社でも公開中です。富山市の日枝神社は令和8年の生まれ年を西暦と並べて示し、神戸の湊川神社も、3歳は数え年で令和6年生まれ、満年齢で令和5年生まれと案内しています。どの神社の表を見ても、生まれ年の目安は変わりません。
なお、5歳のお祝いを男の子だけ、7歳を女の子だけとするのは、もとになった儀式の意味によるものです。最近は、地域や家庭の考え方によって、女の子が5歳で袴を着たり、男の子が7歳でお参りしたりする例もあります。
数え年と満年齢のどちらで祝うか
本来、七五三は数え年で祝うものでした。東京都神社庁の豆知識には、本来は数え年で祝うものの、最近では満年齢で祝う割合が高くなっていると書かれています。須賀神社の案内も、本来は数え年でお祝いするが、現在では満年齢で行う方が増えている、としています。
つまり、神社の側でも、どちらの年齢でお参りしてもよいと考えているということです。数え年と満年齢のどちらを選ぶかは、子どもの成長の様子や、家族の予定に合わせて決めてかまいません。
満年齢を選ぶ家族がふえているのは、子どもが少し大きくなってからのほうが、着物を着たり長い時間お参りしたりするのに慣れているからでしょう。3歳の数え年では、満年齢で1歳から2歳ほどのこともあり、慣れない着物や草履で長い時間を過ごすのは大変です。
いっぽうで、数え年の小さいうちに祝いたいという声もあります。10月17日には、満年齢でやると決めていたので来年にするけれど、数え年でやる七五三は赤ちゃんっぽさが残っていてかわいい、という返信がありました。
9月23日には、男の子だけれど3歳の時だけの被布を着せたくて満年齢で記念撮影をし、着物のサイズもちょうどよく満足していたのに、写真を見せた親から本来は数え年だからね、と言われたという投稿もありました。祖父母の世代と親の世代で考え方がちがうこともあるので、早めに家族で話しておくと安心です。
お参りと写真を分けて考える方法もあります。10月21日には、七五三が大変すぎて2年に分けようかと考え直し、お参りは数え年で、写真撮影は満年齢でしようかと書いた投稿があります。
9月30日には、数え年の今年は衣装を借りてスタジオで撮影し、来年の満年齢では両家の親族を呼ぶつもりだったものの、予定が変わって今年は衣装を借りての撮影とお参りにした、という投稿もありました。2年にわたって祝う計画は、家族の都合で組み替えやすいのも利点でしょう。
きょうだいがいる家庭では、上の子と下の子の七五三を同じ年にまとめるために、どちらかを数え年、もう一方を満年齢にするという考え方もできます。着物のレンタルや写真撮影、食事会を一度にすませられれば、家族の負担も軽くなるはずです。
七五三はどこから来た?
いまの七五三の形ができるまでには、長い歴史があります。3つの祝いの意味と、11月15日にお参りするようになった理由、全国に広まった時期を見ていきます。
髪置と袴着と帯解
七五三は、もともと年齢の異なる3つの儀式をまとめた呼び名です。東京都神社庁によると、古くは「髪置(かみおき)」「袴着(はかまぎ)」「帯解(おびとき)」といい、帯解は「紐解(ひもとき)」とも呼ばれました。
それぞれの儀式の意味は、次のとおりです。
- 髪置:3歳の男の子と女の子の祝いです。もう赤ん坊ではないという意味から、それまで剃っていた髪を伸ばしはじめる儀式
- 袴着:5歳の男の子の祝いです。初めて袴を着ける
- 帯解:7歳の女の子の祝いです。着物の付け紐を帯に替える
神田明神の案内には、もう少しくわしい様子が書かれています。髪置では、すがいとで作った白髪を頭の上にのせて長寿を祈り、産土神に参拝したそうです。袴着は幼年期から少年期への移りめのお祝いで、吉日を選び、子どもを碁盤の上に立たせて初めて袴をはかせました。
帯解では、子どもを恵方に向かって立たせ、付け紐のない着物を着せて帯を結んだといい、恵方はその年の歳徳神がいる方角で、一陽来復御守の記事でも、お守りを恵方に向けて貼る話も取り上げました。
東京都神社庁は、七五三の起源は平安時代の公家の習慣にさかのぼると説明しています。当時は幼い子どもが無事に育つことが難しく、特定の年齢まで無事に命をつないでくださったことを神様やご先祖様に感謝して、家族で祝う儀式として行われていました。その後、武家の社会にも広がっていったそうです。
神田明神は、「七歳までは神の内」という言葉を紹介しています。7歳をすぎてようやく一人前の社会人として第一歩を踏み出すと、日本では考えられてきたといいます。7歳の帯解は、子どもが神様に見守られる時期を終えて、社会の一員になる節目の祝いでもあったわけです。
江戸時代には、これらの祝いをまとめて「七五三」とは呼んでいませんでした。神田明神によると、「髪置・袴着・帯解の祝」や「祝児詣(いわいごもうで)」などと呼ばれていたそうです。
橿原神宮の案内にも、髪置は男女の子どもともに行われ、それまで剃っていた髪をこの日を境に伸ばしはじめたと書かれています。3歳の祝いが男女共通なのは、髪を伸ばしはじめるという儀式の意味が、男女で同じだったからだと考えられます。
綱吉の徳松と1960年代の広まり
11月15日にお祝いするようになった理由について、東京都神社庁は、5代将軍徳川綱吉の子、徳松の健康を祝う儀式を天和元年11月15日に行ったことにあやかり、庶民もその日に祝うようになったといわれる、と説明しています。天和元年は西暦の1681年です。
2026年 − 1681年 = 345年
神田明神の案内では、江戸時代中期に、将軍綱吉の子の徳松の「髪置」の祝いを行ったことからともいわれる、と紹介されています。また江戸時代の神田明神では、七五三の日になると、子どもを肩車した人々が行列をつくり、それが昌平橋から境内まで延々と連なったそうです。
国立国会図書館の電子展示「本の万華鏡」のコラム「七五三」は、いまの形ができるまでの流れを、もう少し長い目で紹介しています。七五三の源流は、主に公家社会で行われていた儀式にあるといわれ、それが近世に入って武家や江戸の裕福な商人にも広まりました。子どもの成長を祝うために親子で氏神へ参詣する、という今日の七五三の原型が、このころ成立したそうです。
東京の都市部の庶民に広まったのは、明治時代に入ってからだといわれています。このころ、子どもに晴れ着を着せ、千歳飴を買うという今日のような風習が根づきました。
さらに意外なのは、「七五三」という呼び名が定着し、行事が日本各地に広く浸透したのは、第二次世界大戦のあと、それも高度経済成長期に入った1960年代のことだという点です。もともと地方都市や農村では、3歳、5歳、7歳それぞれの祝いはあっても、その全部を祝う風習はないところが多かったといいます。
全国から人が集まる江戸、そして東京で、祝う年齢や性別の異なるさまざまな地域の風習が混ざり、「七五三」という祝い方が生まれました。それが全国に広まって、いまに至ると考えられています。
同じコラムには、歌川国貞の錦絵「七五三祝ひの圖」も紹介されています。右から5歳の袴着、7歳の帯解、3歳の髪置の祝いが描かれた絵です。明治34年の『安津末風俗』には、千歳飴を左手に握った男の子の宮詣の姿もあります。江戸時代の宮詣の様子は、関清長が描いた『絵本物見岡』にも残されていて、国立国会図書館デジタルコレクションで見ることができます。
千歳飴と碁盤の儀は?
七五三に欠かせない千歳飴や、碁盤から飛びおりる儀式には、それぞれ由来があります。言い伝えと、いまの神社での受け方を紹介します。
七兵衛の千年飴と神田明神
千歳飴の起源には、いくつかの説があります。国立国会図書館のコラムが紹介している説の一つは、元禄・宝永期(1688〜1711年)に浅草で飴売りをしていた七兵衛にまつわるものです。もともと「千年飴」などの名で売り歩いていた飴を、寿の字や鶴亀を描いた紙袋に入れて売るようにしたところ、めでたい縁起物として広まったという話です。
この話は江戸時代の本にも残り、歌舞伎座の「江戸食文化紀行」によると、文政8年(1825年)に刊行された柳亭種彦の『還魂紙料』に、元禄宝永のころ、江戸浅草に七兵衛という飴売りがいて、その飴の名を千年飴、または寿命糖ともいった、と書かれています。
歌舞伎座の「江戸食文化紀行」によると、千歳飴はもともと「せんねん飴」「せんざい飴」と呼ばれていて、いまは「ちとせ飴」と呼んでいるそうです。どの呼び方でも、千年も寿命を保つ、長生きの飴という意味がこめられているのでしょう。
いっぽう東京の神田明神は、千歳飴の発祥の地として知られる神社です。神田明神の案内では、七五三に欠かせない千歳飴は、神田明神の社頭で売られていた「祝い飴」からきているともいわれる、と紹介されています。七五三詣をした子どもには、「七五三お守り」と、神田明神発祥の千歳飴が授与されます。
起源の説が浅草の七兵衛と神田明神の2つあるのは、どちらも同じ江戸の町で生まれた話だからでしょう。人が多く集まる江戸の町で、子どもの長寿を願う飴が縁起物として広がっていった様子がうかがえます。
いまも、多くの神社で千歳飴が授与されており、須賀神社ではお守りと千歳飴、おみやげセットが授けられ、橿原神宮では延寿飴とお守り、記念のおもちゃが撤下品になっています。授与品の内容や受け取り方は神社によってちがうので、千歳飴を楽しみにしている子どもがいるなら、事前に公式サイトを見ておくとよいでしょう。
千歳飴をめぐっては、こんな声もありました。10月22日には、息子の七五三の撮影用の千歳飴が手に入らず、送料も高いので、100円ショップの材料で千歳飴の袋を手作りしたという投稿があります。写真撮影をお参りより先にする場合、千歳飴の袋を小道具として用意する家族も多いようです。
碁盤の誓いと恵方を向く帯解
七五三には、碁盤を使う儀式もあります。橿原神宮の案内によると、碁盤の誓いは、古くから宮中をはじめ公家や武家の社会で、いまの七五三にあたる「着袴(ちゃっこ)の儀」「深曽木(ふかそぎ)の儀」として行われていたものです。
碁盤を世界に見立て、元気よく飛ぶことで、立派な大人に成長するようにと祈る儀式で、碁盤の目のように「筋目正しく育つ」「身も心も健全に」「運を自分で開く」という願いがこめられています。作法は、碁盤の上に立ち、前に向かって飛びおりるというものです。
子どもが飛びおりるときは、足元や周りの様子に注意し、保護者が付き添うよう呼びかけられています。草履や慣れない着物では足元が不安定になりやすいため、無理に高く飛ばせないようにしましょう。橿原神宮では、11月の土日祝日は普段は入れない外院斎庭で、10月中と11月の平日は外拝殿で、碁盤の誓いができるそうです。外院斎庭では、内拝殿と畝傍山を背景にした記念写真もすすめられていて、飛びおりる瞬間を撮影しようと構える家族も多い場所です。
神田明神の案内にも、袴着では吉日を選び、子どもを碁盤の上に立たせて初めて袴をはかせたと書かれています。袴着は、それ以後は男女で異なる衣服をつけるようになる節目でもあったそうです。碁盤は、5歳の男の子の祝いと深いつながりがあったことがわかります。
7歳の女の子の帯解には、方角の決まりがありました。神田明神によると、子どもを恵方に向かって立たせ、付け紐のない着物を着せて帯を結んだそうです。
恵方を向くのは、節分の恵方巻きと同じく、その年の福の神がいる方角から幸せを授かろうという考え方によるものです。
こうした儀式は、いまでは行わない家庭も多いでしょう。それでも、袴を初めて着る日や、帯を初めて締める日の意味を知っておくと、着付けの時間も特別なものに感じられるはずです。
10月27日には、受け継いだ着物は前撮りで着てもらったので、お参りは入学式のスーツでよいかと思っていたら、本人が着物を着る気満々で、着付けの予約がもう取れないという投稿があります。着付けの予約は早めに埋まりやすいので、お参りの日が決まったら先に押さえておくのが安心です。
お参りの準備は?
七五三のお参りでは、初穂料の用意や当日の流れなど、前もって知っておきたいことがいくつかあります。主な神社の案内をもとに、準備の目安をまとめます。
初穂料と予約の目安
ご祈祷を受けるときに神社に納めるお金を、初穂料と呼びます。金額は神社によってちがい、主な神社の案内では次のようになっています。
- 明治神宮:5,000円からです。1万円からおふだに名前が入る
- 橿原神宮:1人7,000円です。お守、延寿飴、記念のおもちゃを含む
- 神田明神:10,000円から
- 須賀神社:子ども一人につき10,000円から
明治神宮では、5,000円の場合はおふだに名前が入らず、1万円からおふだが大きくなるそうです。初穂料によって、おふだの大きさやお下がりとして渡されるものの内容が変わるしくみです。個人で10万円以上の高額奉納を考えている場合は、神楽殿に問い合わせるよう案内されています。
初穂料の目安を平均すると、次のようになります。
(5,000円 + 7,000円 + 10,000円 + 10,000円)÷ 4 = 8,000円
5,000円から1万円ほどを目安にしておけば、多くの神社で困ることはなさそうです。ただし、金額によって授与品が変わる神社もあるため、記念品を楽しみにしているなら、どの金額で何がいただけるのかを先に見ておくと迷わずにすみます。きょうだいで一緒にご祈祷を受ける場合は、須賀神社のように「子ども一人につき」と定める神社もあるので、人数分を用意しておきましょう。
須賀神社のよくある質問では、初穂料は神前にお供えするので、のし袋に入れて持ってくるよう案内しています。持っていない人には、神社でも封筒を用意しているそうです。
予約の要不要も、神社によって分かれます。須賀神社は予約制で、参拝の日が決まったら予約をお願いしています。いっぽう、神田明神は予約を受けておらず、明治神宮も個人は予約不要の当日受付、橿原神宮も当日受付です。
予約制の神社では、一家族ごとにご祈祷を受けられることがあります。須賀神社は一家族ずつのご祈祷・ご祈願ができると案内していて、当日受付の神社では、ほかの家族と一緒のご祈祷になることが多くなり、明治神宮も他の方々と一緒の御祈願になるとしています。
家族だけで落ち着いてご祈祷を受けたいなら予約制の神社、予定が直前まで決まらないなら当日受付の神社、というように選ぶのも一つの方法です。
当日の流れと写真撮影
当日の流れは、多くの神社で似ています。橿原神宮の案内では、まず受付場所の申込用紙に住所と親、子どもの名前を書き、受付で祈祷料を納めます。記念のメダルとおもちゃの引換券を受け取ったら、メダルを子どもの首にかけて待合席で待つ流れです。
順番が近づくと、神職が申込用紙を回収し、ご祈祷が始まります。ご祈祷のあと、子どもはお守と延寿飴を受け取り、記念のおもちゃを一つ選べるそうです。
明治神宮では、神楽殿の入口で申込用紙を書いて受付に出し、初穂料を納めてから待合所で待ちます。祈願祭は午前9時30分ごろから午後4時30分まで、おおよそ30分ごとに行われ、希望の回の10分前までに受付をすませる決まりです。神楽殿では大太鼓が打たれ、お祓いと祝詞のあと、巫女が季節の花を手に、明治神宮独自の神楽「倭舞(やまとまい)」を舞います。
ご祈祷にかかる時間は、須賀神社では20分ほどです。
写真撮影には、決まりがある神社もあるので注意しましょう。橿原神宮では、家族による写真撮影に申請はいりませんが、待合とご祈祷の間は撮影禁止です。祭場での電話の使用や、カメラ、ビデオでの撮影も控えるよう案内されています。
カメラマンに撮影を頼む場合は、さらに注意が必要です。橿原神宮では、営利目的の業者による撮影には申請がいり、指定業者以外を利用すると持込料11,000円がかかります。須賀神社では、カメラマンの社殿内での撮影も一部制限つきで可能です。
橿原神宮では、10月1日から12月6日まで、外院斎庭や外拝殿の大絵馬の前、菊花展などのおすすめ撮影スポットを紹介しています。菊花展は10月20日から11月23日までで、菊の花は長寿を祈り、邪気を祓うことにも用いられてきたそうです。
慣れない着物で長く過ごすのは、小さな子どもには大変です。着替えやおやつ、飲み物を用意しておき、子どもが疲れたら無理をせず休めるようにしておくと、家族みんなでよい一日にできるでしょう。
前撮りでは、子どもの気持ちが変わることもあります。10月25日には、着物だけを予約していたのに、スタジオでドレスの子を見た子どもが「ドレスがいい」と泣き、結局ドレスと着物の両方で撮影したという投稿があります。
まとめ
押さえておきたい5つのポイントです。
- 2026年の11月15日は日曜日です。前後の都合のよい日にお参りする家族が多く、受付期間は神社ごとに異なります。
- 数え年なら3歳は2024年、5歳は2022年、7歳は2020年生まれです。満年齢ならそれぞれ2023年、2021年、2019年生まれで、どちらで祝ってもかまいません。
- 七五三は3歳の髪置、5歳の袴着、7歳の帯解をまとめた呼び名です。11月15日は徳川綱吉の子の徳松の祝いにちなむといわれ、全国に広まったのは1960年代です。
- 千歳飴には浅草の七兵衛の千年飴の説と、神田明神の祝い飴の説があります。碁盤の誓いは健やかな成長を願う儀式です。
- 初穂料は5,000円から1万円ほどが目安で、のし袋に入れて納めます。予約や撮影の決まりは神社ごとに異なります。
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